吊革につかまり、中央線に揺られていた時のこと。時刻は帰宅ラッシュ帯。車内には疲れが漂っていた。
私も例に漏れず疲れを纏わせ、ぼんやりと見るともなしに
目の前に座る老婆の白髪頭を見下ろしていた。
ぼさぼさと毛先だけ茶色くなり、しなだれた清潔感のない頭髪。眠りこけるしかめつら。ミスタードーナツのビニール袋に詰めた荷物。変な組み合わせの服。蛍光ピンクのズボンがなんともみすぼらしい。
ホームレスの方なのかな、と彼女を観察していると、突如その胸の携帯の着信音が車内の静寂を破った。
驚いて様子をうかがっている私に気付きもせず、さっと耳にあてる。
「もしもしー?あはは、えー、あのねー」
私は更にびっくりした。
そのどぎついピンクのくちびるから発せられたのはなんと風俗嬢のような高い若々しい声。
思わず手の甲を確認したが、確かに老婆の手だ。
話しながら視線を漂わす目付きにも、マイペースなずうずうしさが見え隠れしていた。
彼女は喋り続け、隣のおばさまに叱られるまで電話をやめなかった。
「あーん、おこられちゃったからやめるねー、ばいばーい!」
なんとも複雑なバランスを持った、不思議な人だった…どんな人生を歩んできたのだろう。
これだから都心の電車は面白い。