伝えるのではなく、伝わる
私信
Macを本格的に使い始めたのは大学3年に今の研究室に居始めてからで、それまではずっとWindowsだった。
現在でも制作はWindowsで行っている。ソフトウェアの対応OSの問題があるためというのが主な理由だが。
それから学年が上がり、MacBook Pro(MBP)を購入した。
それが僕にとって最初のMacで、この文章もそれで書いている。
MBPを選んだのは、大学のiMacと自宅のWindows PCとの制作データのやりとりを円滑にするためというのが主な理由で、かなり事務的な理由で選んでいた。
レンダリングした映像ファイルなど、GB単位でのデータを扱うのが常なので、HDDのファイルシステムを共通化しておかなければHDDを認識することすら出来なかったためだ。
またプレゼンテーションをするためのツールとしてもMBPを選んだ。
4年になってゼミに所属すると、ほぼ毎週、担当教員との面談がある。
そのときに面談前の1週間の成果物やアイデア、進行スケジュールを見せるための道具が必要だった。
それはスライドを用意するほど用意周到なものではないが、その場の状況に対する反応が求められるプレゼンテーションの場なのである。
僕の場合は映像効果を構築する作品のため、撮影した素材と効果を適用した映像を見比べることが頻繁にあった。
そのため、より映像再生のオペレートがしやすいインタフェースを備えた道具が必要だったのだ。
映像のフルスクリーン再生はもちろん、ループ再生、スクラブ再生、フレーム単位の指定時間へのジャンプ、コマ送り、再生スピードの調整、別の映像との同時再生、次のファイルへ切り替えのレスポンスなど、映像を再生しながらディスカッションを行うのに必要な機能を搭載したアプリケーションが僕には必要だった。
そしてそういった機能を使うとき、煩雑なメニュー画面を行き来することなくスムースに操作できるレベルになければ意味がない。
Mac OS X(Leopard以降)に搭載されているQuick LookやQuickTimeはその要求に非常に高いレベルで答えてくれている。
またMBPに搭載されているバックライトキーボードとマルチタッチトラックパッドが、その操作性をさらに高めている。
※映像を見せるときは部屋を暗くしてみせることが多く手元が見えにくいのでキーボードが光っていると助かるのだ
また急に映像素材の撮影地の話になっても、瞬時にブラウザに切り替えてGoogleマップを表示させるという行為が2、3秒で出来る応答速度も重要だった。
もちろんPCがなくても状況・経過報告となる面談は可能だ。
しかし、映像を見ることで短期的な目標と長期的な目標をスムースに行き来しながらディスカッションすることの出来る環境そのものが、僕にとってはMBPだった。
また多数の人たちがいる前でのプレゼンテーションでもなくてはならないツールだ。
特にKeynoteは他の類似ソフトを使う気にさせないくらい、プレゼンテーションの内容そのものに集中するためのUIデザインになっている。
正直言って、最初に挙げたデータのやりとりのためというより、Keynoteを使いたいがためにMacを選んだと言い換えてもいいくらいだ。
Keynoteの出番である卒業制作の中間発表でのプレゼンテーションは、Steve Jobsのプレゼンテーションを参考にした。
その際、OS Xの一部機能や、特にKeynoteはJobsのプレゼンテーションのためにデザインされたということも知った。
どおりで上に書いたような「人に見せるための機能」がOSレベルで搭載されているわけだと。
プレゼンテーションはYouTubeに上がっている過去の製品発表イベントの映像を見ながら、これから生まれてくる作品への期待感を高める内容を構想した。
卒制の中間発表のプレゼンテーションはその場で非常に高い評価をもらった。
もちろんSteve Jobsのように壇上をゆっくり歩きながらプレゼンテーションしたわけでも、One more thingがあったわけでもないが、
自分が伝えたいことだけをただ伝えるのではなく、他者へ伝えるべきことが伝わるようにすることに集中した。
正直、それまでプレゼンテーションを行うことはあまり好きではなかったのだが、この体験を通してプレゼンテーションの醍醐味を知った。
発表後、目の前にいる人々の表情が笑顔になっているということ。
そしてその様子を見ることが出来るのは発表者だけだということ。
そのときプレゼンテーションも作品の一部であるということの本当の意味を知り、同時に制作と同じくらいのプレゼンテーションの楽しさを知った。
これに気づかせてくれたのは、あなたのおかげです。
ありがとう。
あなたのプレゼンテーションを、もう見られないことがとても残念です。
安らかに眠ってください。