2008年03月29日

ゴッホ「夜のカフェテラス」(1888)

西洋美術史II第2課題、どう書けばいいのか迷いに迷ったレポート。


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ゴッホ「夜のカフェテラス」(http://ja.wikipedia.org/wiki/画像:Gogh4.jpg)


薄暗い美術館の照明、落ち着いているようで少しざわざわした雰囲気の中で、人の頭越しにこの絵を見た。カフェの明かりが輝き、その上には夜空が広がる。絵の下の方は人に隠れて見えない。カフェの軒先に吊るされたガス灯の光がカフェの壁にあたってまばゆいほど輝いている。
通りの両側に迫っている建物で空は鋭角三角形に区切られて、星がいくつもまたたいている。しかし、星というよりは月に近い大きさが何か不気味な気持ちを起こさせる。通りの奥は暗がりで、歩いている何人かの人はそこに溶け込んでいきそうで、通り沿いの建物の窓からは弱々しい光が漏れている。
自分の前を流れて行く人に逆らって絵のそばに行くと、下方に描かれている道の敷石がカフェの明かりを反射している。テラスの中程には何人もの人が座ってにぎやかな感じを与えるが、手前には空いたテーブルや椅子が一見乱雑なように置かれてある。


絵の雰囲気は、カフェの明かりがにぎやかでなごやかな印象を与えるが、道の奥の暗がりとその上に広がる夜空は寒々とした感じを与えなくもない、青の色の使い方がそのような印象を与えるのだろうか。
この絵が描かれたのは1888年の9月アルルにて、ゴーギャンの到着を心待ちにしている頃だろう。5月28日付ゴーギャン宛手紙の下書きに「また、もし、誰か南仏を開拓したい気があって、僕のように仕事に没頭して、半月に一度女郎屋へ行く ー あとは仕事にへばりついて時間を無駄にしない ー 修行僧みたいな生活を甘受できる画家が見つかれば、具合のいい話なのだが」とある。
同じく書簡集からこの絵が描かれた背景を調べると、モチーフは地元の人が「夜のカフェ」と呼び一晩中開いていて、ゴッホ自身がここに寝泊まりしていることが分かる。また、この絵を描く前にカフェ内部のタブローを制作し(The Night Cafe in the Place Lamartine in Arles)、「僕はカフェとは人がとかく身を持ち崩すし、狂った人となり、罪を犯すようになりやすい所だということを表現しようと努めた」「この絵は僕が描いたなかで最も醜いもののひとつだ」「赤と緑でもって人間の恐るべき情念を表現しようと努めた」。


10日ほど後に、今度はカフェを外側から描く。夜景をその場で描き、暗がりでは色調がよく見分けられないものの「因襲的な黒の夜から脱する唯一の方法だ」と自負を妹に書き送っている。
絵の印象は、ガス灯の明かりと夜の背景という対比があり、ガス灯は黄色で描かれてそれを反射するテラスの床は橙色で、夜空は暗い青や紫で補色の関係になって、コントラストが際立っている。また、道沿いの建物は青、窓から漏れる弱々しいろうそくの光は橙色となっている。
黄色、橙色に着目すると、南仏アルルのいくつかの風景画を思い起こす。麦秋の風景は濃い橙に彩られ、空は明るい黄色に塗られている。さらにさかのぼれば、パリ時代の麦わら帽子をかぶった自画像は黄色を主体に描かれ、その後もゴッホの明るい絵は黄色が基調となっている。
反対に青い色についてみると、同じくアルルで9月に描かれたStarry Night over the Rhoneがあり、青と橙、紫と黄の補色が大胆に用いられ、空には大きい星が緑色に不気味に輝いている。ゴッホの書簡によれば、自身は美しい風景と感じ描いたことが分かるが、見るものにとっては陰鬱でうそら寒い印象を受ける。実際、ゴッホの暗い絵の多くは青が基調となっている。
黄色と橙色、青と紫の使い方はその後先鋭化して行き、それに独特な緑の色使いが加わってゴッホらしい成熟した絵に完成して行くように思われる。


陽光を求めて、また鮮やかな色彩を求めてアルルに来たゴッホは、この夜の絵でもランプの光や星明かりを描き、夜を青と紫と緑で表現し、カフェの建物や道沿いの植栽を取り入れて彩り豊かに描いている。ガス灯に照らされた歩道は補色を使って効果を上げている。印象派に影響されて野外で制作を行ったゴッホは、さらに夜、戸外でキャンバスに向かい、夜の街の風景を描いた。
「夜のカフェテラス」はパリ時代の単純に明るい絵から、晩年のより深い絵に向かう分岐点であるように思う。


- 参考書

Walther, Ingo F., Van Gogh: The Complete Paintings, Los Angeles: Taschen, 2001.
二見史郎編訳、圀府寺司訳『ファン・ゴッホの手紙』みすず書房、2006年

Posted by phonon at 2008年03月29日 11:50
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