›2007年01月30日
サブ
とある東京キー局のご好意があって、制作現場の実習へ会社から派遣されることになった。
大学時代、別のキー局の子会社であるケーブルテレビ局で3年間ディレクターをやった。それなりに熟練を要する仕事で、なるべく長く続けてほしいということだったから、大学4年の3月下旬まで仕事をした。大学を卒業してコンピューター・メーカーに就職したときには、もう二度と放送局に足を踏み入れることはないなと思った。
その後、コンピューター・メーカー→ソフトウェア・メーカー→電機メーカーと勤め先が変わり、電機メーカーの職場でもネットワークの部署→ソフトウェアの部署→放送機器の部署と変わって、再びスタジオ・サブに出入りすることになるわけで、ちょっと大げさだけど人生どう転ぶか分からないなと思ったのでした。
›2007年01月20日
僕の兄貴はテツだった
僕の兄は中学高校とテツの道を歩んで(テツ道と言うらしい)、ミノルタだったかペンタックスだったかマニュアルのカメラを持ってよく電車に乗りに行った。
今考えてみても写真の腕前はなかなかのもので、地方路線の車内のなごやかな情景や、朝のプラットフォームの寂しげな風景の写真が兄の部屋に飾ってあったと記憶する。
法学部などに入らずに写真の大学にでも行けばよかったのにと無責任に思ったりもするけれど、今もカメラを持って出掛けたりするのだろうか、最近会っていないのでどんな趣味をもっているのか分からない。
会社にある本屋で、光文社新書『テツはこう乗る』を見つけて立ち読みをしたけれど、最初の10ページをぱらぱらめくっただけでテツのマニアックさに頭がくらくらした。とは言え、なかなか面白い本なので、何回か本屋に通って読破してしまおう。
›2007年01月16日
僕が痩せている理由
毎日、社員食堂で納豆を食べているけれど、僕が痩せていることとほとんど因果関係がないと思う。
僕が痩せている理由はたぶん、
・肉より魚を好む(ときどき焼肉を食べたいなと思うことがあるけれど、実際に食べるとカルビ焼二、三枚でもうたくさんと思ってしまう)
・脂っこいものよりあっさりしたものを好む(まぐろは中トロより赤身が旨いと本気で信じている)
・居酒屋で飲むことが夕食がわりになることが多いけれど、つまみをたくさん頼まない(比較的高い料理屋で飲むので、つまみをたくさん頼むと破産してしまう)
・定期的に運動をする
ただし、あっさりしたものばかりを好むのも考えもので、特に冬場は油断をするとすぐ体重が減ってしまい、体力が落ちて風邪をひいてしまう。
›2007年01月13日
「神楽坂写真塾」
アユミギャラリー「神楽坂写真塾」の第7期生に申し込んだ。「神楽坂建築塾」については、建築論担当である鈴木先生の教科書で知っていたけれど、ギャラリーのホームページを見てみると建築塾のほかに美術塾と写真塾の案内があった。
先生の拠点となっているアユミギャラリーの閉廊から再会までの顛末については、教科書『まちと建築を再生する』(武蔵野美術大学出版局)に詳しくあり、面白い読み物ともなっているので是非どーぞ。また本著には、吉祥寺校舎の再生について述べてあって、こちらも面白い。
設計の本業の傍ら、芸術・文化による地域交流を精力的に行っておられるようだ。また、先生はムサビ通信の卒業生とのこと。
›2007年01月07日
馬車道の『K』
最近、横浜馬車道にすてきな鮨屋を見つけて通い始めたけれど、いつもすいている。
すいている理由は分かっていて、カウンターは禁煙で小上がりが喫煙というところが敬遠されている、これが逆だったら結構の客の入りがあるだろうと思う。
開店してから数ヶ月ということもあると思うけど、鮨屋に通うおじさん(とそれに連れて来てもらうおねえさん)は圧倒的に喫煙派で、そうでないと言う人もいるけれど、そういうひとは鮨を数干食べてさっさと別の店に行ってしまうから、鮨屋から言えば儲かるとも言えるけれど、やっぱり華がないなと思う。
ご主人は三十代の実直そうな人で、おかみさんはもう少し上の色気のある、落語家が好む小股の切れ上がったお姉さんで、気分のよろしいところだから、繁盛してもらいたいと思う。
›2007年01月05日
『ミュンヘン』
スピルバーグの『ミュンヘン』を借りに行ったが、なんで俺が行くといつもみんな貸し出し中なのだ、5本も6本もあるのに。しょうがないから、イーストウッドの『ミリオンダラー・ベイビー』を借りてしまったぞ。
次回作の『硫黄島からの手紙に』期待しよう。
生きながらえる苦しみを映画芸術で表現することは不可能なのだろうか?