2006年01月11日
就職活動の思い出
ムサビ通信は無試験で広く門戸を開き、きちんと学習を行なえば卒業させてあげますよというスタンスと思うけれど、そもそも高等教育としてはこれが本来のあり方とも考える。というとことで、手羽さんの「受験の思い出」というお題には答えられないけれど、話をかえて就職活動の思い出をちょっと書いてみます。
僕は物理学科の理論系の研究室に所属していたけれど、ゼミの初日に教授は「今年は景気が悪いので勤め口はない。私は企業に知己がいないので、就職の世話はできない。君たちを、大学院に推薦するつもりもない」と言った。自分のことは自分でやれということだろうけれど、ゼミの初日の挨拶にしては厳しいものだと思った。
教授は冷たい人ではなくて、その内に暖かい人柄にふれることが幾度かあった。コンピューターメーカーから内々定をもらったので、研究室に行って推薦状を書いてくださいと言うと、教授はその場でペンを走らせて「読んで見ますか。赤面しますよ」と言った。見てみると美麗辞句が書き連ねてあって、かなりの自惚れ屋でも顔が赤くなってしまうような内容だった。教授はその場で封をして手渡してくれた。
大学院に進んだ者も教職についた者も、みな教授には何かしらの世話になった。
翌年、菓子折りを持って研究室に伺った。教授はそんなものを持ってこなくてもいいのにと言って、お茶を入れてくれた。小一時間くらい話をしたと思う。
それ以来、教授には会っていない。今も元気にしておられるだろうか。
大学の恩師には 大変お世話になりましたよね。
私が所属していたゼミの教授は とっくの昔に定年を向かえ現役を引退していらっしゃいますが 今でも学会に論文を発表されるなど 精力的にご活躍されてるようです。
今では暮れのお歳暮と年賀状とでしか交流がありませんが お返事には ご自身の研究論文や随筆 趣味のシダ植物に関する記事(日本シダの会会報)のコピーを送っていただいています。
お便りがくるたびに「あぁ 今もお元気でいらっしゃるんだな」とうれしく思います。
音量子さんも お手紙書いてみては??
教授、
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
私の指導教授は、教授の先生とは違って、学生と個人的な交流はしない人でした。理由は聞きましたが、かつての教え子にずいぶんと悩まされたことがあったとのことです。
よくしたもので、指導教授の研究室に集まってくる学生はみな我が道を行くというひとばかりでした。飲み会は何回か開きましたが、個人的な交流はほとんどありませんでした。
フィールドサービスにいたKKを覚えてますか?彼も、僕と同じ研究室でした。
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