美大生だけどただの人の子ペロリのリアルな日常を。ペロペロ
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その距離は伸びるだけ?
じゃーん
ハイ、更新しなきゃね・・・だらけるのが癖になっちゃいそうな毎日です
更新しなくて誰が起こるとかも別に無いけれど
ムサビ日記に関しては自分が許さないってなってしまう。
ので!またちゃんと毎日書きます!ので!どうぞよろしくお願いしま!
はてさて今日は日曜日
髪を切りに行こうと思ってたけれど
そろそろ芸術祭のこともどうにかしなくちゃ!と言う訳で
立川に材料などなどを買い出しに(といってもペロリは見ているだけw)
いってまいりましたとさ!
まずはユザワヤへいったのだけど
だめ!ユザワヤ行くだけで楽しくなっちゃう!
あまりにペロリがはしゃぐもんで、一緒にいた友人が
「そんな姿見てたら何か作ってあげたくなっちゃう」と(笑)
そう、手芸裁縫は学校で習った程度。
ペロリはあんまりうまくないので、布を選んで作る気満々の友人を
いいなぁ〜という目で見る事しかできないっ
ところで、皆さん新宿のユザワヤに行った事がありますでしょうか
布の裁断受付、妙に体育会系じゃないですか?(笑)
ペロリはあんなテキパキと、時間に追われながらも大きな声で作業する人を
他のユザワヤで見かけた事はありません(笑)
新宿以外のユザワヤ、もちろん立川などでは絶対に見れません。
さすが新宿、都会だ、人が多いからな、回すのも早いんだ、と感心するばかり。
この感覚は、福岡でも味わった事があります。
初めて田舎の町、北九州から、割と大都会の博多に出たとき。
ダイソーの店員さんの体育会系度ったら!
もうそんな!大きな声で数数えないで!恥ずかしい!と思うほど
レジで「1点、2点、3点4点5点・・・合計8点で840円になりやっす!」
(他の店員)「ありがっしゃしゃーす!」
と
ものすんごい勢いで、一つの試合前のチームのようなそんな雰囲気。
その思い出に浸ってられるほど、立川のユザワヤはのろのろ
お客さんも誰一人急いでないし、店員さんがお年寄りと話しながら裁断して
なんだか地元と似ていてほっこり。
東京の人(都心の方)ってあんまり喋らないっていう印象があるのだけど
(というか上京してきた人は割とそう言ってるというかそういう話によくなる)
例えば、狭い道を通るときとかに無言で無理矢理通るとか
人の前を遮るとき無言だったりとか
レストランで無言でお水をついできたりとか
ちょっと、そこは一言言うだろうよ普通、みたいな状況を何度も経験した。
都会の時間の流れ方は独特で早くて
ついていくのが精一杯
誰もが自分のことで満タンで、そんな、人に喋る余裕なんてないのかな
電車や道はいつも人が満員で溢れる程にいて
これでもかこれでもかと視界をうめつくすほど。
沢山の人が行きたい方に行きたい方にと自由に行き交って
何だか大きな生命体のような。
どこもかしこも建物や人、モノがギュウギュウ詰めで、
他人なのに体と体の距離はものすごく近い。それでいて全く近くの人と関わらない
田舎だとそこまで体同士も近くはならないのに、なんだか他人と他人の距離が近くて
いつのまにか全然知らない人と話していたりする。
都会は、とりあえず弱者に目が向けられていないような
見てみぬふりをするような
困っている人に誰も手を差し伸べない。第一人者がいくまでは。
おばあさんが人ごみで転んでも、酔っぱらいが倒れていても、電車で妊婦さんが立っていても。
高齢の方が不便さに困っていても。
集団心理ってやつかいな、みんながみんな見て見ぬ振りをする。
人と人の間の温度が凍るように冷たい。
その差が上京してからずっと気になっていて、そういう意味でちょっとだけ寂しい気がしていた。
都会は地方に比べて、モノは溢れ、より便利な方へと、物質的には豊かになっていくけれど
人間の温かさはどんどん希薄になっていく。
これからもっと人との距離は離れて、個人個人していくのかなあ
都会の全てがそうだとまでは言わないけれど、中には温かい出来事もあるけれど
大半がそんな感じ。印象としてそんな感じ。
住みやすいような、住みにくいような
これから先もここで自分が生活していくんだなと思うと
この、気づいた事、気づいた感覚を忘れないでいきたい。
地方から出て来た自分ならではの視点だと思いたい。