ぼんやりおもうこと。

生きるってどういうことなのだろう、と思った時に
 
「答えのない数学を解いているようなもんだ」

と思いました。

生きていくなかで色々と体験するうちに、

自分の中での方程式に気づくこともありますが、

それだけで人生がうまくいく保障はありません。

解は死ぬ時に初めて分かるんだと思います。

だから、死ぬ時は「わかった!」って思って死にたいです。

 
 
例えば、一つ方程式をあげるとすれば

受験の時は「頑張る+考える=合格」かもしれません。

だけれども、合格は全てではありません。

「合格」になるには頑張ることと考えることが必要ですが、

受験の時に答えが「合格」になるだけであって、

恋愛中ならば「結婚」かもしれないし、

社会人になってからであれば「成功」かもしれません。

頑張っても考え抜いても「失敗」に転ぶことはザラです。

 
 
だからって、

『答えなんてわかんないし頑張るのめんどいし、やーめた♪』

なんて考えるのは、

とっても下らないし、生産的でないし、

そもそも「じゃああんたはなんで生きてるの?」って話です。


 
 
だから、目の前のことをとにかく頑張る。

何か夢があるんなら、それに向かえるプロセスを踏めるように。

プロセスを踏み出したら、夢を叶えられるように。

環境が整っていないのだったら、自ら環境を整えて。

達成したってきっとまた目の前には目標が生まれます。

それをどんどんこなします。

 
 
たぶん、それをいっぱいやっていって、

神様がくれるやりきったことに対するご褒美が、

俗にいう「悦び」って奴だと思う。

『よくちゃんと頑張ったね、ちゃんと考えられたね』

って、褒めてくれることなんだと思う。

(*私は無宗教です。)

 
 
悦びも失敗も、人生における一つの解に過ぎません。

それを積み重ねないと、きっと

「自分が自分に及第点を出せる人生」なんて

送れないんでしょう。

私は21年しか生きていませんが、

なんとなーくそう思いました。

 
 
だから、何事も経験!

何事もとりあえず頑張る!

スポコンっぽくて気持ち悪いかもしれませんが、

実は大事だと思います。

 
 
 
色々積み上げるのって、

時間も手間もかかって、しかも苦しいです。

(く、…苦しいです………)

でも、そうしないと、一つでも抜けてしまうと、

ジェンガみたいに崩れてしまいそうに脆いものだとも思います。

だから、丁寧に積み上げて、

いつかくる答えのない数学を解けるときの為に、

頑張りたいなあと思うのです。

 
 
 
…ってことをずっとお風呂の中で考えてました。
ケーキ食べてたら忘れちゃってて焦ったんですが、
書きたいこと書けてよかったー!

いつも以上に気持ち悪くてごめんなさい><
メリーなんとやらー!むっほっほっほっほ

投稿者:helve : 2009年12月24日 01:28

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