2008年08月20日
コミケにいってきました
まあ毎年のことなのですが、今回はいつもとちょっとだけ違う意識を持って参加してみました。
(コミケに行ったことない人は、できれば公式サイトに目を通しておいてくださいね)
もともと自分が美術大学にはいることになった遠因は、
4歳上の姉が中学のころからコミケに行きだしたことであって、
そこから表現活動というものに興味を持ち出したことが、今の自分につながっていると思うのです。
とはいえ、漫画を書きたいといいつつきちんと描いたことは少なかったから圧倒的な実行力不足であることは確かだし、
それを今も引きずっているのはかなり大人気ないなと、いつも言い訳をしていてばかり。
さらにいうと、いまの自分に至るまでに
漫画→ネタ探しに文学部?(高校2年1学期)→でも美術学部も気になりだした(2年1学期後半)
→すでに勉強のほうの予備校に行っているからこのまま文学部で
→ところが予備校の理事長の講演会に参加したら、バブルの幻影を追っているように感じて不信感が募る
→部活疲れもあり、予備校をサボりだすようになる(2年夏)
→そもそも最初から勉強サボっていたから受験に間に合わないかも(2年秋)
→予備校の担任に怒られたことで現状を思い知り、これから頑張る自信をなくして辞めた(2年の3月31日・汗)
→じゃあ思い切って美術学部を目指してみようか(どさくさに紛れて吹っ切れたフリをする3年の春)
→でも大学の漫画専攻というのがしっくり来ない(精華大にできたばかりのころだった)
→サラリーマンになる自信がないと思い込んでゲイブンとデザイン系を敬遠(ごめんなさい)
→じゃあ絵画専攻?(油絵描いたことないけど)
→うーん、平面よりは立体のほうがおもしろそう?少なくとも鑑賞している限りでは。
→じゃあ彫刻学科で。まったくもって作品制作の経験がないけど(汗)
→(色々面倒なので中略)
→立体作りたくない宣言
という、間違っても中高生の進路学習の例には出せないような道を歩んでいて、
どんどん自信を失っていくばかりだったのです。
なので卒業制作に取り組む前に一度原点を見つめなおしたいなと思い、今回はちょっとだけ意識を変えての参加を試みてみました。
表現という行為で何をやりたかったのか、
それとも「みんなもやってるから自分も」くらいのノリだったのか、
表現そのものが目的ではなく、本を媒介にした萌えトークをしたかったのか、
結局自分は何をしたいのか、そしてそのためにはどのようなフィールドにいるべきなのか。
というようなことを考え直してみようと思って。
とはいえ、会場に入ったら買い物で一生懸命になってしまったのですが(汗)。
ただ、今回いつもとはちょっと違った形での参加をすることができました。
入場待機列を作るときに使う、「最後尾」の団扇に絵を描きました。
スタッフとして参加している姉が、赤岩の描いたオヤジ絵をmixiにアップロードしたことから(註・事後承諾)、
それを見た部署のリーダーの方から、1月ごろに依頼を受けました。
やってみたいけれども、とてもじゃないけど自分はそこまで絵がうまくない、最大で20万人の目に触れられるほどのクオリティは出せないと、
最初のころは抵抗があったのですが、
もともと部署のメンバーで作ってしまうものであるとのことで(カタログなどの売り物はある程度選抜しているようですが)、
とりあえず法律に引っかからない程度に(笑)好き勝手やっていいよということだったので、
お引き受けすることにしました。
締め切り1〜2週間前になって(汗)やっと描いてみたら、やっぱり今まで手を動かすことに言い訳してばかりいたので、
思い通りの形が紙に現れてくれないし、それ以前の問題でより良い形を思い描くこと自体ができず、
今まで手を動かすことをサボっていたこと、いいわけばかり思いつく頭を作り上げた自分を恥じるばかり。
やっとこさ絵を描きあげても、今度はフォトショやイラレーでの加工に四苦八苦。
美大生なのにアドビのソフトから逃げていてばかりだった結果がコレです。
そんなわけで、少なくとも100%のしっくり感を覚えるような仕事はできなかったわけです。
こんな言い方をしてしまって、スタッフの方には申し訳ないのですが。
ですが、現実に手を動かすことで自分のやりたいこと・そうでないことがなんとなくわかってきて、
先の展望が1%でも見えてきた気がして、この勢いのまま少しずつ切り開きたいと思えたことが、
今回の仕事の最大の収穫なのかな、と思います。
…いつもの勘違いなのかもしれませんが。
また今回は学外というのがいい方向に働いたのかな、とも思います。自分自身を学校制度に縛り付ける癖があるので。
ちびくろも大学生のサークルだし(とはいえやっていることは下手な企業より馬鹿でかいですが)、
ファインアート系の自由と自己責任の空気の中で何をやっていいのかわからなくなったまま、言い訳をつけて逃亡してばかりだったのですが、
「学校外」の「仕事」という束縛を課すことで、目標に向かって形を作ってみて、適性やポリシーはあとから考えるということが少しでもできたのかなとも思っています。
自由すぎると何も考えられないので(汗)。
もっと、自分のやりたい事を知りたい。
そのために今から描かなくちゃ、と思いました。
頭で考えるだけだと、何でもできるような気分になって、何にもできないような不安を覚えるから。
…卒制(と一個前の課題)、がんばろ。
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